「最近、どうですか?」
面接室でそう聞くと、少し間があって、
「……変わらないです」
って返ってくることがある。
でもカルテを見ると、3か月前は「朝起きられた日:月に2〜3回」だったのが、今は「週4〜5日は起きられている」になってる。外出頻度も増えてる。以前は一人で出かけることなんてほぼなかったのに、今はコンビニくらいなら気分次第で行けるようになってる。
本人には、変わった実感がまったくない。
これ、不思議でしょう?
でも現場で長くやっていると、「あ、またこのパターンだ」ってなるくらい、よく見る光景なんですよね。今回はそのことについて、少し一緒に考えてみたいと思います。
プラトー現象ってなんだろう
「プラトー(Plateau)」というのは、もともと「高原」や「平らな台地」を意味する言葉です。
スポーツや学習の世界ではよく使われていて、
- 毎日練習しているのに記録が全然伸びない
- ちゃんと勉強しているのに模試の点数が上がらない
- 努力しているはずなのに、成果がまるで見えない
そういう「停滞期」のことを指します。
メンタルヘルスの回復にも、まったく同じことが起きます。
回復の初期って、変化がわかりやすい時期があるんです。眠れなかった人が「昨夜6時間寝られた」って言う。外に出られなかった人がスーパーまで歩けるようになる。そういう、目に見える変化がポンポン起きる時期。
でもある時期を境に——なんとも言えない「停滞感」が来る。
「ここから先が変わらない」
「回復が止まった気がする」
「もしかして、これが自分の限界なのか」
そんな気持ちが積み重なってくる。これがプラトー期です。
回復って「右肩上がり」じゃない
「努力すれば良くなる」「続ければ必ず前に進める」——そう信じて生きてきた人ほど、プラトー期がしんどくなりやすい印象があります。
実際の回復の経過って、もう少しグネグネしてるんですよね。正直に言うと。
少しだけ良くなる → しばらく停滞する → ちょっと後退したような気がする → 振り返ってみると以前より前にいる
こんな繰り返しです。
あるクライエントさんのことを思い出します。
30代の会社員の方で、適応障害で休職されていました。カウンセリングを始めて4か月ほど経ったころ、睡眠も少し安定してきて、短時間の外出もできるようになってきていた。でもご本人は「何も変わっていない気がします」とおっしゃる。
記録を一緒に振り返ってみると——
- 「今日も最悪だ」と起きていたのが、「まあなんとかなるか」くらいには思えるようになっていた
- ご家族との会話が少し増えていた
- 「疲れた」と口に出せるようになっていた(以前は言えなかったとあとから教えてくれた)
「あ、変わってたんですね」
その言葉がとても印象的でした。毎日自分を見ていると、変化って本当にわからないものなんです。川が流れているのを毎日見ていても、水が動いているのか止まっているのか、なかなかわからないじゃないですか。あんな感じだと思います。
停滞期に「自分を責める」のはなぜか
プラトー期でいちばんつらいのは、「変わらないこと」そのものではありません。
変わらないことで、自分を責め始めてしまうこと——ここが本当にきついところです。
「もっと頑張らなきゃいけない」
「自分は怠けているんじゃないか」
「こんなに時間がかかっているのは、自分がおかしいからだ」
こういった考えが、じわじわ浮かびやすくなる。
特に責任感が強い人、真面目に努力することで道を切り開いてきた人ほど、この傾向が強いです。「努力と結果の間にタイムラグがある」という状態に、体が慣れていないんですよね。
ただ——ここ、大事なところなんですが——
停滞しているように見える時期は、必ずしも後退じゃないんです。
見えないところで「根を張っている」時期がある
回復には「慣れる時間」が必要です。
たとえば、長い間ずっと不安の中にいた人が、ようやく少し安心できる時間を持てるようになったとします。でもその人の脳は、「安心すること」自体に慣れていない。だから無意識に、
「本当に大丈夫か?」
「また悪くなるんじゃないか?」
という確認作業を繰り返してしまう。外から見ると何も変わっていないように見えるけれど、心の内側ではちゃんと、新しい状態に適応するための作業が続いているんです。
植物の芽が出る前に、土の下で根を張っているような時期——って言うと伝わるでしょうか。
地上から見たら、何週間たっても何も出てこない。「ちゃんと育っているのか」って不安になる。でも地下では見えないところで、着実に根が伸びている。
停滞しているように見える時間って、案外そういうものだと思っています。
「症状が消えること」だけが回復じゃない
「回復したら不安がなくなる」「元気になったら落ち込まなくなる」——そういうイメージを持っている方が、結構います。
でも現場で長く見ていると、少し違う感覚があって。
「落ち込まなくなった人」よりも、「落ち込んでも、以前より早く立て直せるようになった人」の方がずっと多いんです。
不安がゼロになるわけじゃない。嫌なことも起きる。しんどい日もある。それでも「以前みたいには振り回されなくなった」——これ、すごく大きな変化だと思います。
ひとつ、反省を込めた話をしてもいいですか。
以前、復職支援で関わっていた方で、「症状がある間は復職しない」という基準を固く守っていた方がいました。不眠も波があって、不安感もゼロにはならない。「完全に症状がなくなるまで待つ」という姿勢で待ち続けた結果、休職期間が2年近くになってしまいました。
私は途中から「症状と付き合いながら動き始めることを、もっと早く一緒に考えられたら良かった」と思っていました。でも当時の私には、そこをうまく伝える言葉がなかった。それが今でも少し心に残っています。
症状がなくなることだけが回復じゃない。「自分との付き合い方が変わること」も、回復のれっきとしたかたちです。
こういう時期こそ、一人でいない方がいい
停滞感が続くと、人と距離を置きたくなることがあります。
「頑張っているのに変わらない」という感覚は、どこか恥ずかしさを伴うことがある。「また同じ話をするのが申し訳ない」と感じることもある。
でも私は、こういう時期こそ一人で判断しない方がいいと思っています。
自分の変化は、自分ではわかりにくい。一方で、周りにいる人は案外気づいています。
「最近、表情が柔らかくなったよね」
「以前は人の目を見て話せなかったのに」
「ちゃんと疲れたって言えるようになったじゃないですか」
そういう一言が、自分の中の「何も変わっていない」という感覚を、少しほぐしてくれることがある。
人は人によって回復する部分がある——これは、20年近く現場にいて、ますますそう思うようになっています。
薬も休養も大切です。でも「安心してそこにいられる場所」や「一緒に作戦会議してくれる人」の存在が、回復の深さや速さに確実に影響している。子どもが親という安全基地を土台に外の世界へ出ていくように、大人も「帰ってこられる場所」があると動きやすくなるんだと思います。
今、停滞しているように感じている人へ
もし今「頑張っているのに変わらない」と感じているなら——
ちょっとだけ、比べる対象を変えてみてください。
昨日の自分ではなく、半年前の自分と比べてみる。
症状だけじゃなく、生活全体を見てみる。
以前より眠れる日が増えていないか。
一人で抱えていたことを、誰かに話せるようになっていないか。
「疲れた」と口に出せるようになっていないか。
回復って、ドラマみたいに劇的には進まないことの方が多いです。静かに、じわじわと、自分でも気づかないうちに進んでいく。
変化が見えない時間には、意味があります。
その時間があるからこそ、後になって振り返ったとき、「あの頃、ちゃんと前に進んでいたんだな」と思える日が来ることがある。
もし今がそのプラトー期だとしたら——焦らなくて大丈夫です。
回復は競争じゃないし、タイムラグがあるのもおかしなことじゃない。立ち止まっているように見える時間も含めて、その人なりの回復の過程です。
あなたのペースで、ちゃんと進んでいると思います。
もっと学びたい方へ
プラトー期は、「何も起きていない時期」ではありません。
回復や成長は、目に見える変化よりも先に、考え方や行動、人との関わり方の中で少しずつ進んでいくことがあります。
私は普段、精神科臨床や復職支援の現場で、認知行動療法(CBT)やアサーション、マインドフルネスなどの考え方を活用しながら支援を行っています。
その中で得た知見を、日常や職場で活かせる形にまとめた書籍も執筆しています。
佐々木いちなりの実践臨床心理学シリーズ
臨床心理学の知見を、日常や職場へ。
- 『マインドフルネスって本当に効くの?』
- 『職場のアサーション実践例まとめ』
- 痛み・耳鳴り・めまい……「また症状が出るかも」が止まらない人へ ― 身体症状に飲み込まれないためのマインドフルネス ―: ― 身体症状に飲み込まれないためのマインドフルネスとACT ― (臨床ノオト出版)
認知行動療法、アサーション、行動活性化、ストレスマネジメントなど、臨床現場で活用されている考え方を、できるだけわかりやすく解説しています。


コメント