朝起きても体が重い。
やらなければいけないことは分かっているのに動けない。
好きだったことにも興味がわかない。
そんな状態が続くと、「自分は怠けているのではないか」「気合いが足りないのではないか」と責めてしまう人がいます。
ですが、うつ状態のときに起きているのは「やる気の問題」ではありません。
むしろ脳や心のエネルギーが低下し、行動することで得られる喜びや達成感を感じにくくなっている状態です。
私は精神科の臨床現場で多くの方と関わってきましたが、「動けないから気分が落ちる」のではなく、「気分が落ちるから動けない」という単純な話でもないと感じています。
実際には、
動けない
↓
生活が狭くなる
↓
楽しいことや達成感が減る
↓
さらに気分が落ちる
↓
もっと動けなくなる
という悪循環が起きていることが少なくありません。
その悪循環を断ち切る方法の一つが、「行動活性化(Behavioral Activation)」です。
行動活性化とは何か
行動活性化は認知行動療法の中でも効果が確認されている支援方法の一つです。
難しいことをするわけではありません。
簡単に言えば、
「気分が良くなったら行動する」
ではなく、
「小さな行動を増やし、その結果として気分の改善を目指す」
という考え方です。
うつ状態になると、
「やる気が出たら散歩しよう」
「元気になったら友人に連絡しよう」
と考えがちです。
しかし実際には、やる気を待っていてもなかなか動けません。
そこで、
「とりあえず5分だけ外に出る」
「カーテンだけ開ける」
「コンビニまで歩く」
といった小さな行動から始めます。
気分が先ではなく、行動が先なのです。
なぜ行動すると気分が変わるのか
うつ状態になると、生活の中から報酬が減ります。
報酬というと大げさですが、
・人と話して少し楽しかった
・散歩して気持ち良かった
・部屋が少し片付いた
・仕事が一つ終わった
こうした小さなプラスの体験です。
うつ状態では外出も減り、人との関わりも減り、趣味もやらなくなります。
すると自然にプラスの体験も減ってしまいます。
気分が落ちるのも無理はありません。
行動活性化は、その失われたプラスの体験を少しずつ取り戻していくアプローチです。
「頑張る」ではなく「ハードルを下げる」
行動活性化で大切なのは頑張ることではありません。
むしろ逆です。
よくある失敗は、
「毎日30分ウォーキング」
「部屋を全部掃除する」
「毎日読書する」
と高い目標を立てることです。
うつ状態のときはエネルギーが不足しています。
健康なときの基準を当てはめると続きません。
例えば、
散歩する
ではなく
玄関まで行く
部屋を掃除する
ではなく
机の上を1分だけ片付ける
友人に会う
ではなく
LINEを一通送る
このくらいで十分です。
「そんなことで意味があるのか」
と思うかもしれません。
ですが、行動活性化では小さな成功体験を積み重ねることが重要です。
実際によく使う方法
臨床場面では、いきなり大きな変化を目指しません。
まずは一日の中でできそうなことを探します。
例えば、
朝起きたらカーテンを開ける。
昼に5分だけ外に出る。
好きだった音楽を1曲だけ聴く。
夕方に温かい飲み物を飲む。
そんなレベルから始めます。
ある方は休職中、
「散歩なんて無理です」
と話していました。
そこで、
「玄関の外に出るだけ」
を目標にしました。
最初は本当に数十秒でした。
けれど数週間後には近所を歩くようになり、その後コンビニへ行けるようになりました。
本人からすると大したことではないかもしれません。
でも、その積み重ねが生活を取り戻すきっかけになることがあります。
気分の記録をつけてみる
行動活性化では記録も役立ちます。
例えば、
午前中に散歩した
↓
気分3点→4点
シャワーを浴びた
↓
気分2点→4点
友人と話した
↓
気分4点→6点
というように記録します。
すると、自分にとって気分が少し上向く行動が見えてきます。
人によって違います。
散歩が合う人もいれば、読書が合う人もいます。
家族との会話が良い人もいます。
自分だけの「回復のヒント」を見つける作業とも言えます。
「気分が乗らなくてもやる」が回復につながることがある
うつ状態のときは、
「今日は気分が悪いからやめておこう」
となりやすいものです。
もちろん無理をする必要はありません。
ただ、気分だけを基準にすると行動量はどんどん減ってしまいます。
その結果、生活がさらに狭くなり、気分も下がる。
だからこそ、
「気分は乗らないけれど、とりあえず3分だけやってみる」
という発想が大切になります。
やる気があるから行動するのではなく、
行動した結果として少しやる気が出てくることもあるのです。
おわりに
うつ状態のとき、多くの人が「早く元気にならなければ」と焦ります。
けれど回復は一直線ではありません。
今日はできても明日はできない。
昨日は散歩できたのに今日は無理。
そんなことも普通にあります。
大切なのは、「できなかった日」を失敗と考えないことです。
行動活性化は、自分を追い込む方法ではありません。
生活の中に少しだけ動きを取り戻し、少しだけ自分らしさを取り戻していく方法です。
もし今、動けない自分を責めているなら、一つだけ試してみてください。
「やる気が出たらやる」ではなく、
「30秒だけやってみる」。
回復のきっかけは、意外とそのくらい小さな行動から始まることがあります。


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