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物価高で心が疲れる理由|節約だけでは回復しないメンタルヘルス

「また値上がりしてる……」

スーパーのレジ前で、そんなため息をついたこと、ありませんか。

外食を一回減らす。コンビニのコーヒーをやめる。新しい服は「今じゃなくていいか」と棚に戻す。

家計を守るためには、当然のことかもしれません。実際、僕自身もコンビニのレジで一瞬手が止まることがあります。

ただ、相談室で日々お話をうかがっていると、お金の問題だけでは説明できない疲れを抱えている方が、本当に多いんですよね。

「最近、何をしても楽しくないんですよね」
「休みの日も、なるべくお金を使わないようにしてます」
「贅沢してるわけじゃないのに、ずっと我慢してる気がするんです」

物価高というのは、財布の中身だけでなく、心の余裕まで静かに削っていくものなのかもしれません。今日はこのテーマを、心理学の視点から一緒に考えてみたいと思います。


目次

節約は、心の余裕まで削ってしまうことがある

少し前、こんなやり取りが印象に残っています。事務職をされている方だったと思いますが、ここでは仮にAさんとしましょう。

「最近、何か楽しみはありますか」とお聞きすると、しばらく考えてから「……特にないですね」というお返事でした。

「休みの日は何をされてますか」
「家にいます」
「以前好きだったことってありました?」
「映画です。でも最近は全然行ってないですね」
「お忙しいんですか」
「いや……お金がもったいない気がしちゃって」

映画代そのものが大きな出費というわけではないんです。でも、映画を観て、帰りにコーヒーを飲んで、ついでに本屋に寄る。そういう「心がふっと緩む時間」が、生活から少しずつ消えていたんですね。

節約というと、つい「何を削るか」ばかり考えてしまいます。外食を減らす。旅行を控える。趣味を我慢する。コーヒーを買わない。本を買わない。

一つひとつは、たしかに小さなことです。けれど心理学的に見ると、こうした小さな楽しみは単なる贅沢品ではなく、ストレスから回復するための大事な資源だと言われています。

人の心は、緊張しっぱなしの状態をずっと続けられるようにはできていません。安心できる時間や「ちょっと嬉しかったな」という瞬間があるからこそ、また頑張る力が湧いてくるものなんです。


「行動活性化」という考え方が教えてくれること

認知行動療法の中に、行動活性化(Behavioral Activation)という考え方があります。

うつ状態になると、人は自然と活動量が落ちていきます。疲れているから外に出ない。人にも会わない。趣味もしない。運動もしない。

すると気分が沈むだけでなく、「気分が上向くきっかけ」そのものまで減っていってしまう。これ、けっこう厄介な悪循環なんですよね。

以前、デイケアに通われていた方が、少し元気を取り戻し始めた頃、こんな報告をしてくれるようになったことがあります。

「昨日、近所の公園を歩いてきましたよ」
「久しぶりにラーメン食べてきました」
「本屋をぶらぶらしてきたんです」

どれも、特別な出来事ではありませんよね。でも、こうした小さな行動の積み重ねが「もう少しやってみようかな」という気持ちを少しずつ育てていく。回復って、案外こういう地味な一歩からできているものなんだと、僕自身、現場で何度も教えられました。

逆に、仕事、帰宅、節約、就寝……そんな毎日が何週間も続くと、回復のきっかけそのものが消えていってしまいます。

物価高による節約は、まさにこの悪循環を生みやすい状況だと感じます。お金を守るために楽しみを削る。楽しみが減ることで、心が回復する機会まで減る。結果として「なんとなく元気が出ない」という状態が続いてしまうわけです。


脳は「ご褒美」によって動いている

基礎心理学には強化(reinforcement)という考え方があります。人は心地よい結果を経験すると、その行動を続けやすくなる、という仕組みです。

仕事を頑張ったあとにお気に入りのカフェに寄る。散歩しながら好きな音楽を聴く。子どもと一緒にアイスを食べる。帰宅後にお気に入りのドラマを観る。

こうした小さなご褒美は、脳にとって次の行動へのエネルギー源になります。

ところが、仕事、家事、節約、我慢、睡眠……これだけがループすると、脳は「頑張っても、別に良いことは起きないんだな」と学習し始めてしまう。なんだか脳って、けっこう正直なんですよね。その結果として「やる気が出ない」「なんとなく楽しくない」という感覚につながりやすくなります。


「損をしたくない」という心理が楽しみを奪う

もうひとつ、知っておいていただきたい心理学の知見があります。損失回避(Loss Aversion)です。

人は「得をする喜び」よりも「損をする痛み」のほうを強く感じる傾向がある、と言われています。

物価高の時代には、「今日は節約できた」という満足感よりも、「また値上がりした」という痛みのほうが、心に強く残りやすいんですね。

以前、こんな相談を受けたことがあります。

「友達からランチに誘われたんです」
「でも断っちゃいました」
「お忙しかったんですか」
「いえ……お金を使うのが、なんだか怖くなっちゃって」

その判断自体、間違いではないんです。家計を守ることは大切なことですから。ただ、その選択が一年間続いたとしたらどうでしょう。

人と会う機会。笑う時間。気分転換になる瞬間。そうしたものが、少しずつ生活から削られていきます。

節約そのものが人生の目的になってしまうと、心はじわじわと縮こまっていくように、僕には見えます。


「今を楽しむ」と「将来に備える」のバランス

将来に備えることは、もちろんとても大切です。けれど、将来のことばかり見つめ続ける生活もまた、人を疲弊させてしまいます。

回復というのは、高価な旅行や大きな買い物だけを指すわけではありません。

お気に入りのパンを買う。公園をゆっくり歩く。好きな音楽を聴く。図書館で本を借りる。友人と30分だけおしゃべりする。

こうした小さな喜びでも、心にとっては十分な回復になり得るんです。不安というのは、いわば火災報知器のようなもの。鳴ること自体は悪いことじゃない。ただ、鳴りっぱなしの家で暮らしていたら、誰だって休まらないですよね。


「削るもの」だけでなく「残すもの」を決めてみる

家計を見直すとき、僕たちはどうしても「何を削るか」ばかり考えがちです。でも、それと同じくらい大切にしてほしいことがあります。それは「何だけは残すか」を決めることです。

毎月一冊の本。子どもとの外食。朝のコーヒー。散歩。好きな音楽。趣味の時間。

人によって、残したいものはそれぞれ違うはずです。でもそれは決して浪費ではなく、長く働き、生活を続けていくためのメンテナンスだと言えるのではないでしょうか。どこからそう感じるようになったのか、ご自身に聞いてみるのも面白いかもしれません。


おわりに

相談室で回復していく方たちを見ていて感じるのは、人生が劇的に変わった方ばかりではない、ということです。

仕事は変わらない。給料も変わらない。家庭環境も、大きくは変わらない。

それでも、

「今日は帰りに少し散歩してみました」
「久しぶりに好きなアイスを買いました」
「休日に公園でコーヒーを飲んできました」

そんな小さな報告が、少しずつ増えていくんです。

心理学的に見ても、回復というのは劇的な出来事よりも、日常の小さな積み重ねの中で起きることが少なくないと言われています。

物価高は、僕たちにいろいろなことを我慢させます。だからこそ、お金を守ることと同じくらい、自分の心を守ることも忘れないでいただきたいなと思うんです。

節約をしながらでも、「心がふっと回復する時間」を完全には手放さない。それは贅沢ではなく、明日も働き、暮らし続けていくための土台です。

これまで多くの方と一緒に歩んできて感じるのは、人は大きな出来事だけで回復するわけではない、ということ。

小さな楽しみ。小さな安心。小さな「今日はちょっと良かったな」。

その積み重ねが、心を少しずつ前に進めてくれます。誰かと「今月は何を残そうか」って作戦会議してみるのも、案外悪くないかもしれません。

物価高の時代だからこそ、家計だけでなく、自分の心まで節約しすぎないこと。それが、これからの時代のウェルビーイングにつながっていくのではないかと、僕は思っています。

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この記事を書いた人

臨床心理士として20年ほど活動しており、病院、地域、教育の方面で、お子様から成人、高齢の方まで関わっていました。医療・精神科・メンタルヘルス・認知行動療法に強い記事を執筆✍️ 子育て/発達支援/福祉の情報発信や、千葉・柏エリアの地域紹介も行います。
資格:臨床心理士・公認心理師・MOS

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