|怒りを何度も思い出してしまうときのアンガーマネジメント
その怒り、もしかしたら今このあとの時間を、静かに奪っているかもしれません。
「もう終わったことなのに、なんでまだ腹が立つんだろう」
そう思ったことがある人は、たぶん少なくないと思います。
電車に乗っている。
さっきまで仕事をしていたのに、頭の中では別のことが再生されている。
「もっと考えてから持ってきてよ」
上司にそう言われたのは、もう3時間くらい前のことです。
その場では「すみません、直します」としか言えませんでした。悔しいとか、ムカつくとか、そういう感情を出す暇もなかった。
なのに、帰りの電車になって、急に腹が立ってくる。
「いや、あの言い方はなくないか」
「別に大した確認漏れでもなかったのに」
「そもそもあの人、いつも人前で言うんだよな」
家に着いてもまだ考えている。
お風呂に入りながらも考えている。
布団に入ってからも、さっきの上司の顔とセリフが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
そして翌朝、目が覚めた瞬間にまた思い出す。
——こういう経験、ありませんか。
僕はこれまで、精神科の臨床や復職支援の現場で、こういう話を本当にたくさん聞いてきました。
面白いのは、相談に来る方の多くが「自分は怒りっぽい人間じゃないんです」と前置きすることです。
その場では怒りを出さない。表面上はとても穏やかに見える。
でも頭の中では、何時間も、時には何日も、同じ出来事がぐるぐる回り続けている。
これは「怒りっぽい人」だけの話じゃないんですよね。
むしろ、その場でうまく言い返せなかった人、感情を抑え込むのが得意な人ほど、家に帰ってから一人で戦い続けていたりします。
この記事は、そういう「頭の中で終わらない怒り」を扱います。
先に言っておくと、ゴールは「怒らない人になること」ではありません。「嫌なことを忘れましょう」でもありません。
目指すのは、もっと地味で、もっと現実的なところです。
怒りが残っていても、自分の時間に戻ることはできる。
電車の中も、お風呂の時間も、寝る前の数十分も、本当はあなた自身のものです。
それが今、頭の中で再生され続ける怒りに、少しずつ持っていかれている。
この記事は、その奪われた時間を、自分の手に戻していくための記事です。
まずは、そのからくりから一緒に見ていきましょう。
「考える」ことと「反芻する」ことは、似ているようで違う
心理学では、同じ出来事や感情について繰り返し考え続けることを「反芻(はんすう)」と呼びます。
牛が一度飲み込んだ草をまた口に戻して噛み直す、あの反芻です。
頭の中で、同じ出来事を何度も噛み直している状態、と言えばイメージしやすいでしょうか。
怒りについて何度も思い出してしまう傾向は、「怒り反芻」という名前で心理学の研究テーマになっていると言われています。
「あの人にされたことを何度も思い出す」「頭の中でやり返している自分に気づく」——そういう傾向がどれくらい強いかを調べるための質問リストのようなものも、研究の中で作られてきたそうです。
つまり、あなただけが特別におかしいわけでも、意志が弱いわけでもありません。多くの人に起こりうることとして、ちゃんと研究の対象になっている現象なんです。
ただ、この記事で伝えたいのは難しい理論そのものではなく、もっと日常的な感覚です。
嫌な出来事はもう終わっているのに、頭の中ではまだ終わっていない。
これに尽きます。
ここで大事な区別があります。
「嫌なことについて考えること」自体は、悪いことではないんです。
たとえばこんな考え方は、ちゃんと前に進んでいます。
- 「明日、本人に確認してみよう」
- 「次に同じことを言われたら、こう返してみよう」
- 「一人で抱えるのは無理そうだから、誰かに相談しよう」
これは考えているうちに、少しずつ次の行動が見えてくるパターンです。
一方で、反芻はこういう感じで回ります。
「なんであんなことを言ったんだ」 ↓ 「もしかしてバカにされてるんじゃないか」 ↓ 「そういえば前にも似たようなことがあった」 ↓ 「やっぱり腹が立つ」 ↓ 「なんであんなことを言ったんだ」(最初に戻る)
同じところをぐるぐる回るだけで、どこにも進みません。
むしろ回れば回るほど、しんどさだけが積み重なっていく。エンジンは回っているのに、車輪が空転している状態、というとイメージが近いかもしれません。
「考えること」と「反芻すること」を区別する。
まずはこれだけでも、少し楽になる人がいます。
「自分は今、次の一手を考えているのか、それとも同じところを回っているだけなのか」
この問いを持っておくだけで、頭の中の景色が少し変わってくるんですよね。
なぜ、終わったことなのに終わらないのか
ここで少し、「認知行動療法」という心理療法の考え方を借りてみます。
この療法では、「実際に起きた出来事」と「その出来事に対する自分の解釈」を分けて考えます。
先ほどの例で言うと——
事実:上司から「もっと考えてから持ってきて」と言われた
解釈:「能力がないと思われている」「みんなの前で恥をかかされた」「自分だけ目の敵にされている」
事実はワンフレーズで済むのに、解釈のほうはどんどん膨らんでいく。これ、誰にでも起こることです。
大事なのは、「その解釈が間違っている」と訂正することではありません。
むしろ、無理に「そんなふうに思う必要はない」と正されると、余計に意固地になってしまう人も多いです。人は否定されると閉じるし、理解されると少し力が抜けるものだからです。
ここで目指したいのは、「事実」と「自分の中で膨らんだ考え」を、いったん分けて置いてみることです。
分けるだけでいい。正す必要はありません。
「もっと考えて、と言われた」という事実は変わりません。
でも、そこから「能力がない」「バカにされた」まで話を広げているのは、自分の中の解釈です。
この二つを並べて眺めてみると、見え方が少し変わってくることがあります。
それでも、頭の中のループから降りられないとき
理屈はわかった。でも、わかっていても止まらないのが反芻の厄介なところです。
これは意志が弱いからでも、性格の問題でもありません。
不安や怒りといった感情は、もともと危険を避けたり、次に活かしたりするための、人間にとって自然な機能だと言われています。
火災報知器のようなものです。
火事の可能性があるとき、けたたましく鳴ってくれるからこそ、人は逃げることができる。
問題は、火事でもないのに何度も鳴り続けてしまうときです。すでに逃げ終わっているのに、報知器だけが鳴り続けている。これが反芻の状態に近いのかもしれません。
こういうとき、「なぜ、なぜ」と原因を掘り下げようとすると、かえって抽象的な問いにハマって出られなくなることがあります。
反芻そのものに焦点を当てた心理療法や、「具体的に考える練習」を扱った研究領域では、「なぜ」ではなく「実際に何があったのか」「自分は何を感じたのか」「次に何ができるのか」という、より具体的な問いへ切り替えていくアプローチが検討されていると言われています。
ここまでで、「自分がやっていたのは、もしかしたら反芻だったのかもしれない」と思えたなら、それだけでも十分な一歩です。
では、頭の中で回り続けているこのループから、実際にどう降りればいいのか。
ここからは、僕が臨床の現場で使ってきた考え方をもとに作った、5分でできる実践ワークを一緒にやっていきたいと思います。
難しい心理学の知識は必要ありません。
「考えないようにする」のではなく、「考え続ける」からいったん降りる。そのためのワークです。
このワークを通してお伝えしたいのは、たった一つです。
「まだ少し腹は立つ。でも、今日はもうこれ以上考えなくていい」
そう思える状態に、今日、今から近づくことです。
このあとの部分を読んでいただくと、こんな時間が自分の手に戻ってきます。
- 夜、布団の中で上司の顔を再生する代わりに、ちゃんと眠りにつくための時間
- 夕食やお風呂を、嫌な出来事を思い出さずに過ごせる時間
- 反芻に使っていた頭のスペースを、明日の自分のために使える時間
- 「今すぐできること」と「今日はもう考えなくていいこと」を、5分・6つの質問で自分で仕分けられる感覚
- 「うまく書けない」「また戻ってきてしまった」ときにも、迷わず立て直せる手順
一つ先にお伝えしておくと、このワーク自体を科学的に検証したデータがあるわけではありません。あくまで、これまでの心理学の研究知見を参考に、僕が臨床経験の中で組み立てたものです。そのあたりも含めて、正直にお話ししていきます。 <!– ここから有料部分 –>
「イヤなことが頭から離れないとき」の5分ワーク
紙とペン、なければスマホのメモでも構いません。
順番に、一つずつ進めていきます。
一つだけお願いがあります。「うまく書こう」としないでください。このワークに正解はありません。
STEP1 何がありましたか?
短くで大丈夫です。事実だけを、ひとこと書いてください。
例:上司に「もっと考えて」と言われた
STEP2 今、どんなことを考えていますか?
頭の中に浮かんでいることを、そのまま書いてください。きれいにまとめなくていいです。
例:バカにされた気がする/なんであんな言い方をするんだ
STEP3 本当にあったことは、どこまでですか?
相手が実際に言った言葉、実際にした行動だけを書き出します。
表情や態度から「感じたこと」ではなく、録音していたら誰でも同じように聞き取れる部分、というイメージです。
例:「もっと考えて」と言われた。それ以外は言われていない。
STEP2とSTEP3を並べてみると、「思っていたこと」と「実際にあったこと」の間に、少し距離があることに気づく人が多いです。
STEP4 今、できることはありますか?
次の中から選んでください。
- □ ある
- □ ない
- □ 今はわからない
「ある」を選んだ方は、何をするか一つだけ書いてください。
例:明日、上司に「さっきの件、もう少し具体的に教えてもらえますか」と聞いてみる
一つだけ、というのがポイントです。あれもこれも思いつく必要はありません。
STEP5 いったん、今いる場所に戻ります
足の裏を、床にしっかりつけてください。
そのまま、少しゆっくり呼吸します。吸う時間より、吐く時間を少し長めに。
そして、
- 今「見えているもの」を3つ
- 今「聞こえている音」を2つ
探してみてください。
これは怒りを消すためのものではありません。頭の中で過去の出来事を何度も再生している状態から、「今、ここ」に注意を戻すための時間です。
STEP6 このあと、どうしますか?
- □ やることが決まった
- □ 今日は何もしない
- □ あとで誰かに相談する
- □ まだ決められない
どれを選んでも大丈夫です。
最後に、これだけ覚えておいてください。
イヤだったことを、無理に忘れなくても大丈夫です。今すぐ答えが出ないこともあります。「今日はここまで」にして、今していたことに戻りましょう。
ケースで見てみる:服部さん(仮名・30代・会社員)の場合
服部さん(仮名)は、営業事務として働く30代の方です。
ある日、朝のミーティングで上司から「その資料、もっと考えてから持ってきてよ」とみんなの前で言われました。
その場では「すみません、直します」とだけ答えて、席に戻ったそうです。
けれど、その日の帰り道からずっと、頭の中でその一言が再生され続けました。
夕食を作りながらも、お風呂に入りながらも、布団に入ってからも。
「なんで、みんなの前で言うんだろう」「そういえば前にも似たようなことがあった」「自分だけ、いつも当たられてる気がする」
気づけば1時間以上、同じ場面を繰り返していたと言います。
服部さんに、このワークをやってもらいました。
STEP1では「上司に、みんなの前で『もっと考えて』と言われた」。
STEP2では「バカにされた」「自分だけ狙われている」。
STEP3で、実際にあったことを書き出してもらうと、「『もっと考えて』と言われた。それだけ」という一文になりました。
ここで服部さんは、少し驚いた様子でした。
「言われたのはそれだけなのに、自分の中でどんどん話を広げていたんですね」と。
STEP4では「今できることはあるか」を聞くと、最初は「ない」を選びかけたそうです。
でも少し考えて、「明日、資料の作り方について、もう少し具体的に教えてもらえないか聞いてみる」という一つの行動にたどり着きました。
STEP5で、足の裏の感覚と、見えるもの、聞こえる音に注意を向けてもらうと、「そういえば今日の夕飯、まだ何にするか決めてなかったな」と、目の前の生活に意識が戻ってきたそうです。
最後のSTEP6では、「今日は何もしない」を選びました。明日確認することは決まったので、今日はもう、この件について考えなくていい、という選択です。
服部さんの怒りが、このワークで完全になくなったわけではありません。
翌朝も、少しモヤモヤは残っていたそうです。
でも、「昨日ほど長く考え続けることはなかった」と話してくれました。
これが、僕が現場で見てきた、わりと典型的な変化のプロセスです。
劇的に何かが解決するわけではありません。少しずつ、頭の中で過ごす時間が短くなっていく。それくらいの変化です。
もちろん、うまくいかない日もあります。
ある方は、STEP4で「できることがある」を選んだものの、実際にはその行動をとれずに終わったこともありました。
それでも、「できることを一つ考えられた」という事実自体が、次に似た場面が来たときの練習になっていたりします。
「うまく書けない」「何が事実かわからない」ときは
このワークをやっていると、STEP3でつまずく方がよくいます。
「事実」と「解釈」の境目が、意外とわかりにくいからです。
そういうときは、こう考えてみてください。
「その場に、あなたの他にもう一人、まったく別の人がいたとして、その人にも同じように見えたり聞こえたりしたことだけを書く」
たとえば「バカにされた」は、その人の中で起きたことなので、他の人には見えません。
でも「『もっと考えて』と言われた」は、その場にいた誰の耳にも同じように聞こえたはずです。
それでも迷ったら、迷ったままで大丈夫です。「わからない」と書いて、次のステップに進んでください。完璧に仕分けることが目的ではありません。
何度も同じ怒りが戻ってくるとき
一度このワークをやったからといって、その出来事について二度と考えなくなるわけではありません。
人によっては、同じ出来事を何日かかけて、何度も思い出すこともあります。
それは、ワークが効いていない、ということではないんですよね。
戻ってくるたびに、また同じように「事実」「今の考え」「本当にあったこと」「今できること」を確認する。それでいいんです。
反芻というのは、一度で完全にスイッチが切れるようなものではなく、何度も気づいては戻す、その繰り返しの中で少しずつ短くなっていくものだと捉えてもらえたらと思います。
子どもが安心できる家を拠点にしながら、少しずつ外の世界へ挑戦していくように。
挑戦して、疲れて、また戻ってくる。そして少し休んで、また出ていく。
人の回復や変化も、これに近いプロセスをたどることが多いです。
一直線に良くなっていくものだと思っていると、戻ってきたときに「また振り出しに戻った」と落ち込みやすくなります。でも、これは失敗ではなく、プロセスの一部です。
このワークの背景にある心理学
ここからは少し理屈っぽい話になりますが、興味のある方だけ読んでいただければと思います。
このワークは、以下のような研究領域を参考に組み立てています。
怒り反芻(Anger Rumination)研究
怒りに関連する出来事について繰り返し考える傾向は、心理学の研究対象として扱われてきたと言われています。SukhodolskyらによるAnger Rumination Scale(ARS)は、その代表的な尺度の一つとされています。
認知行動療法(CBT)
出来事と、それに対する自分の解釈・自動思考を区別するという考え方は、CBTの基本的な枠組みの一つです。STEP2とSTEP3の作業は、この考え方を簡略化したものです。
反芻に焦点を当てたCBT/具体的思考(Concreteness Training)
「なぜ」という抽象的な問いから、「実際に何があったか」「次に何ができるか」という具体的な問いへ移行するアプローチは、抑うつや反復性のネガティブ思考を対象とした研究の中で検討されてきたと言われています。
マインドフルネス/脱中心化
思考を無理に止めようとするのではなく、「今、あのことを考えている」と気づいた上で、呼吸や身体感覚など、現在の体験に注意を戻すというアプローチです。STEP5は、この考え方をもとにしています。
このワークの限界について、正直に
大事なことなので、はっきり書いておきます。
この5〜6ステップのワークそのものについて、効果を検証したデータがあるわけではありません。
「このワークをやれば、必ず怒りが収まります」とは言えませんし、言うつもりもありません。
このワークは、反芻や認知行動療法、具体的思考、マインドフルネスといった分野の研究知見を参考にしながら、僕自身が臨床の現場での経験をもとに組み立てたものです。
「科学的に効果が証明されたワーク」ではなく、「これまで多くの研究で検討されてきた考え方を、使いやすい形に落とし込んだもの」だと捉えてもらえたらと思います。
それから、これは怒りの感情そのものを否定するものでもありません。
不安や怒りは、もともと自分を守るための自然な反応です。無理に消そうとする必要はありません。
ただ、それが必要以上に長く続いてしまい、生活や睡眠、人間関係にまで影響してしまうときには、こういう形で少し距離を置いてみる、という選択肢があってもいいのではないかと思っています。
もし、怒りや反芻がとても強く、日常生活に大きな支障が出ている場合や、何ヶ月も続いているような場合は、一人で抱え込まず、心療内科や精神科、カウンセリングなど、専門的な相談先を頼ることも選択肢に入れてみてください。
日常生活へ、戻っていくために
最後に、もう一度だけ書いておきます。
このワークの目的は、「怒りをゼロにすること」ではありません。
怒りがなくなったかどうかではなく、自分の時間に戻れたかどうか。
これが、この記事を通してずっとお伝えしたかったことです。
アンガーマネジメントというと、「怒らない人になるためのもの」だと思われがちです。
でも、僕はそうは思っていません。
アンガーマネジメントは、怒りに奪われていた時間を、自分に返していくためのものでもあると思っています。
電車の中で、お風呂の中で、布団の中で、何時間も同じ出来事を再生し続けていた時間。
その時間は、本来なら夕食を楽しんだり、家族と話したり、ただぼーっとしたりできたはずの時間です。
まだ少し腹は立つ。でも、今日はもうこれ以上考えなくていい。
そう思えた瞬間から、その時間はもう、あなた自身のものに戻っています。
今日、何か嫌なことがあった方は、ぜひこのワークを試してみてください。
うまくいかなくても、それでいいんです。また戻ってきたら、そのときにもう一度やればいい。
それくらいの気軽さで、道具箱の中に入れておいてもらえたら嬉しいです。
お疲れさまでした。今日はもう、ゆっくり休んでください。


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