「これ、今日中にお願いしてもいい?」
正直、今日はもう手いっぱいだった。抱えてる分だけでも定時じゃ終わらない。
でも口から出たのは、
「あ、大丈夫です」
だった。
帰り道、電車に揺られながら、ふと思う。
「なんでまた引き受けちゃったんだろう」
こういうこと、ありませんか。
その場では嫌な顔ひとつせず「わかりました」と言えるのに、家に帰ってから静かに後悔が押し寄せてくる。誰かに強要されたわけでもないのに、断れなかった自分に対して、ちょっとがっかりする。そういう感覚。
こういう相談を受けるとき、わりとよく聞くのが、
「私、断るのが苦手な性格なんです」
という言葉です。
自己分析としては筋が通っているように見えるんですが、ここで一度、立ち止まってみたいんですよね。
本当に、性格の問題なんでしょうか。
たとえば同じ人でも、家族が相手なら「今日は無理」とわりとすんなり言えたりする。友達との約束なら、予定が合わなければ普通に断る。なのに、上司や先輩、あるいは「断ったら気まずくなりそうな同僚」が相手になると、途端に言葉が出てこなくなる。
もし「断れない」がその人の性格そのものだとしたら、相手によってここまで差が出るのは、ちょっと不思議な話です。
性格というのは、どこへ行っても大体同じように出るはずのものなので。
なので、僕はこう考えています。
断れないのは性格の問題というより、「その場面で、その相手に対して使える言い方が、たまたま見つからなかった」というだけなんじゃないか、と。
職場って、相手・立場・状況の組み合わせがめちゃくちゃ多いんですよね。
上司に頼まれるのと、後輩に頼まれるのとでは、当然使える言葉が変わってくる。忙しい時期と、比較的余裕がある時期でも変わる。過去にその人と気まずくなった経験があるかどうかでも変わる。
一つの「正しい断り方」があって、それさえ覚えれば全部うまくいく、というものでもない。状況ごとに、いくつかの引き出しを持っておくしかないんです。
これ、性格を変える話じゃなくて、行動の選択肢を増やす話なんですよね。
そう考えると、ちょっと気が楽になりませんか。「私は断れない人間だ」と自分に烙印を押すよりも、「今の自分は、この場面で使える言い方をまだあまり持っていないだけだ」と考えたほうが、次に何をすればいいかが見えてくる。
少し具体的な場面で考えてみます。
30代・事務職の田中さん(仮名)のケースです。
田中さんは、先輩から急ぎの資料作成を頼まれることがよくありました。自分の仕事も溜まっているのに、「大丈夫です」と答えてしまう。
ある日、あまりに立て込んでいて、さすがに一言添えてみたそうです。
「今日はちょっと厳しいので、明日の午前中でもいいですか」
という一言でした。
結果は、拒否されるどころか、「あ、全然大丈夫だよ、教えてくれてありがとう」というあっさりした返事だったそうです。
田中さんはそのとき、少し拍子抜けしたと言っていました。断ることへの抵抗感が、実際に起こることよりも、頭の中で大きくなりすぎていたのかもしれません。
もちろん、いつもこう都合よくいくとは限りません。相手や状況によって反応は変わります。ただ、「無理です」と突き放すのでもなく、「大丈夫です」と全部引き受けるのでもない、その中間の言い方が存在する、ということは、知っておいて損はないと思うんですよね。
こういう「間の言い方」って、実はいくつも種類があります。
条件をつけて引き受ける 「明日の午前中ならできます」
一部だけ引き受ける 「ここまでなら今日中に対応できます」
一度預かって考える 「ちょっと確認して、折り返します」
どれが正解、というものではありません。相手との関係性、その場の空気、自分の余裕、いろんな要素で使い分けることになります。逆に言えば、こういう選択肢を知らないままだと、「無理です」か「大丈夫です」の二択しか浮かばなくなってしまう。それは、しんどいですよね。
職場の人間関係って、こういう「あの場面、なんて言えばよかったんだろう」の積み重ねだったりします。
一つひとつは小さいことなんですが、積み重なると結構、消耗するんですよね。
もしこの感覚に心当たりがあるなら、こういう「言い方の引き出し」を、いろんな場面ごとにケースで見ていくのも一つの手だと思います。
『読むソーシャルスキルトレーニング』という本を出したんですが、これはまさに、職場でありがちな「こんなとき、どう言えばいいんだろう」という場面を、ケース形式でひとつずつ扱っている本です。興味があれば覗いてみてください。Kindle Unlimitedをご利用の方は追加料金なしで読めます。
断れない自分を責めるより先に、まずは「今の自分が持っている言葉の引き出し」を、ちょっと覗いてみる。そこから始めてみるのも悪くないと思います。


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